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【海外の反応】 福島県の甲状腺がん発症率、 日本全体と比べ20~50倍 岡山大
 2011年3月の東京電力福島第一原発事故による放射性物質の大量放出の影響で、福島­県内ですでに甲状腺がんが多発しており、今後さらに多発することは避けられない――。
こうした分析を、岡山大学大学院の津田敏秀教授(生命環境学・環境疫学)らの研究グル­ープがまとめ、国際環境疫学会が発行する医学雑誌「Epidemiology」(イン­ターネット版)で発表された。
 8日に東京の日本外国特派員協会で記者会見した津田氏は「チェルノブイリ原発事故で4­年以内に観察された甲状腺がんの多発と同様の現象が起きているが、日本国内ではこのこ­とが理解されず、何の準備もされていない。よく準備して対策をとるべきだ」と訴えた。2015.10.10
平均の20〜50倍!「福島の子供にがん急増」の 客観的データが学会で報告されるも政府とメディアが完全黙殺

「福島県内の子供たちの甲状腺がんの発生率は全国平均の20〜50倍で今後さらに多発する可能性は大きい──」
 福島原発事故から4年半、福島県での甲状腺がん発生を疫学的に分析した専門家グループから驚愕の分析結果が発表された。これは岡山大学大学院の環境疫学の専門家である津田敏秀教授を中心とした研究グループが医学雑誌「Epidemiology」(国際環境疫学会発行 インターネット版)に発表したものだが、10月8日には津田教授が「日本外国特派員協会」で会見を開き、その詳細を報告。危険性を警告した。
 津田教授によれば、事故当時18歳以下だった福島県民全員を対象に実施した甲状腺がん検査の数値を分析したところ、発生率は実に国内平均の20~50倍、しかも潜伏期間やチェルノブイリでのデータから今後も増加は避けられないというものだ。
 実際、福島県の発表によると、8月31日時点で検査対象の約38万5千人のうち甲状腺がんと確定したのは104人。さらに疑いも含めると137人もの子供たちが甲状腺がんと診断されている。これは100万人に2〜3人という日本の全国平均を大きく上回ったものだ。
 しかし問題は、津田教授らの発表が海外メディアやネットで大きく報じられる一方、日本の主要メディアではほとんど触れられてさえいないことだ。
 いや、メディアだけではない。例えば福島県検討委員会は「現時点では福島で見つかった甲状腺がんは原発事故の影響とは考えにくい」と事故とは無関係の立場を貫き、医学専門家の間でも津田教授らの発表を「時期尚早」などと矮小化しようとする動きさえあるのだ。
 こうした動きは津田教授も承知の上だったのだろう。会見で 「事故とがんは無関係」と嘯く日本政府、そして医療専門家、医学会にも批判の矛先を向けている。

津田教授は会見で疫学的分析を説明した上で、甲状腺がんの増加を「過剰診断」や「スクリーニング効果」によるものという政府の説明に対し、こう反論した。
「スクリーニング効果や過剰診断によってどのくらいの偽の多発が起こってくるのか。せいぜい2〜3倍、あるいは6〜7倍という一桁のデータ上昇しかないわけです。ところが福島県では20倍から50倍の多発が起こっている」
 その上で、日本政府が行った卑劣な“放射線量工作”にも言及した。
「WHOは2012年の線量推計に基づいて、約8倍から10倍の甲状腺がんが多発するとしました。ところが線量推計のドラフトの段階で、日本政府はロビー活動によってそのドラフトの線量値を下げたわけです。これが報道されたのは昨年末の12月7日でしたが、被曝量が3分1から10分の1にヘルスリスクアセスメントが行われる前に下げられました。つまり、行うべき対策とは逆の対策をロビー活動でやっていたわけです」
 津田教授の言葉からは、冷静ながらも静かな怒りを感じるものだ。また発表を「時期尚早」だと批判するする医療専門家に対してもこう反論する。
「海外の研究家で時期尚早などという人は一人もいない。むしろ早くすべきで、遅いという批判はある」
 こんな皮肉を込めた発言をした上で、さらに日本の医学、保健医療政策の問題点に言及したのだ。
「私に対してはそうした批判は直接ありません。これは日本では陰口と言います。日本の保健医療政策は医学的根拠や論文や研究結果で行われてはいない。(時期尚早などといった)陰口、立ち話、噂話に基づいて行われているのです」
 非科学的な“陰口”で行われる時代遅れの日本の保健医療政策──。いわば身内でもある医学界に対して、ここまで辛辣な批判をした専門家はおそらく初めてではないか。そして津田教授はその具体例として、チェルノブイリ事故で行われたある調査データを紹介する。
 それはチェルノブイリの事故から1年後に生まれた子供、また比較的汚染が低い地域の子供たち4万2千人を検診した結果、甲状腺がんが1人も見つからなかったという調査データだ。

「日本はこうしたデータには少しも触れず、何万人のスクリーニング検査をするのは世界初めてで何もわらかないという説明がなされています。チェルノブイリの経験を学ばず、人体影響に関する論文をほとんど読まない中で、日本ではアナウンスが行われている。これは日本の保健医療政策が非常に遅れている点だと認識していただきたいと思います」
 現在の医学界を、そして放射能に対する対応や評価を痛烈に批判する津田教授。それは同時に、原発事故の健康被害をできるだけ少なく、いや出来れば皆無にしたい日本政府に対して、医学的、科学的、データ的見地を主張するどころか、ひたすら追随する現在の医学界への批判でもある。医学界もまた政府、電力会社の意向に従順に従い、利権の温存を目論む“原発ムラ”の一員だったことが改めて証明されたともいえる。
 こうして正確な情報は遮断され、福島県に住む人々は自衛の手段さえ取れない事態となっていく。津田教授は正しい情報の大切さをこう述べている。 
「詳細な情報を与えるだけで、有害な被爆はケタ違いに少なくなる。きめ細やかな、コストのかからない対策はいくらでも思いつく。福島県に住み続けなければならない人ほど、正しい知識を与えられなければならない」
 チェルノブイリ事故では甲状腺がんは5年目に激増した。来年、事故後5年目に突入する福島県の子供たちのためにも、正確な情報とその理解と対策が一刻も必要だ。(伊勢崎馨)
【出典】LITERA(リテラ) 2015.10.18
高レベル放射性廃棄物 地層処分は本当に可能か 高レベル放射性廃棄物とは‥?
2014/09/14 に公開 原発再稼働に向けた動きと平行して、高レベル放射性廃棄物の最終処分場探しが急ピッチ­で進められようとしています。しかし、技術的にも手続き的にも多くの問題を残したまま­です。一連のシリーズでこれらを詳しく検証していきます。まずは、そもそも高レベル放­射性廃棄物とは何なのかという基本的な問題にスポットを当てます。(出典) 環境と原子力の話
(出典) 環境と原子力の話
フクシマ-最悪事故の陰に潜む真実 :翻訳全文

フクシマ-最悪事故の陰に潜む真実
投稿者 IAppealToYou
仏独共同の国営放送局ARTE 「フクシマ-最悪事故の陰に潜む真実」 監督:ミヒャエル・ミュラー/ペーター・F・ミュラー/フィリップ・アブレシュ 字幕翻訳:無限遠点
金曜日。とても天気のいい日だった。
2011年3月11日の午後,東京を始め日本の東北地方で大地震が起こった。
震源地は仙台から約130キロ東の太平洋にあった。
これは観測史上4番目に最大の地震だった。

(菅総理)当時
本日14時46分、海を震源地とする非常に強い地震が発生しました。マグニチュードは8.4でした。


実はマグニチュード9.0と訂正された巨大な地震は、さらに恐ろしい津波をもたらした。
地震から約40分後には、巨大な波が東北地方のほぼ150キロに及ぶ範囲に襲い掛かった。
数分で海水は国土にどっと流れ込み、何キロにもわたる広い範囲を呑みこみ、沿岸にあった町や村を根こそぎ破壊していった。
19000人以上の人が死亡し、10万人が帰る家を失った。
この被害が残した爪あとと、日本はこれから、何十年も闘っていかなければならないだろう。
災害が起きてすぐには、いったいどれだけの被害ができたのか、大まかの予測さえ不可能だった。

(枝野官房長官)当時
現時点では、相当甚大な被害が出ている模様です。
政府は被害拡大の防止に向けて、最大限の努力を払っています。


しかし恐ろしい最大規模の被害はもうすでに起きていた。
まず地震が福島原発の原子炉に重大な故障を引き起こし、事故の始まりを告げていたが、津波が第1号機から第4号機までを襲ってからは、次々と決定的な、取り返しのつかない事態が、連鎖反応のように起こっていった。
15時42分には第1号機から第3号機までの電源が喪失した。
数分後には津波で夥しい量の海水が襲い掛かり非常用発電機のオイルタンクが流されてしまった。
最悪の事態が起きた。
原子力発電の完全なブラックアウトである。
一時間後には第1号機と第2号機の冷却が止まった。
これで「最悪の事故」を止めることはできなくなったのだ。
ここはアメリカのバーモント州。
原子炉エンジニアであるアーノルド・ガンダーセン氏は、アメリカで原発を操業する大手電力会社の監査委員会に所属しているほかアメリカの原子力規制委員会や議会でも顧問を務めている。
ガンダーセン氏は福島原発事故を事故発生直後からずっと注意深く観察し続けてきた。

(ガンダーセン氏)
第1号機では、すでに地震で配管が壊れたことを示す徴候があります。
ということは津波が到達するまでに、すでに原子炉の冷却はできなくなっていたのです。
第2号機と第3号機では地震と津波が来て、最初の数時間はまだ普通に冷却されていました。
でも、第1号機では地震ですでに問題が起きていたのです。
津波は2つのことを引き起こしました。
まずは非常用のディーゼル発電機を破壊しました。
非常時に原子炉が冷却できるよう準備されていたものです。
第二には、海岸沿いに設置してあったポンプというポンプが、すべて破壊されたのです。
ということは、たとえ非常用の発電機が作動していたとしても、冷却する水は取り込めなかった、ということです。
津波は、この第1、2、 3号機の息の根をまさに止めたのです。


そんなことは東京に住む人も、津波の起こった地方の住人もまだ思いもしなかった。
午後、当時の菅首相は、原発の状況は平常だと伝えていた。
地震後、原発炉は自動的に停止された、と。
7時45分には東京の一部で停電が起きた。
そして45分後に菅首相は非常事態を宣言した。
東京では人々がまだテレビに釘付けになって、災害の様子を追っている間
原発の周辺ではすでに、最初の住民避難が始まっていた。
こうして最終的に88000人が故郷を失うこととなる。
翌日になっても政府は、事故の起きた原発が、どのような状況か、ほとんど知らせなかった。
東京にある緊急時対策本部と福島の現場を結ぶ連絡が途絶えることもあった。

(保安院 中村幸一郎氏)
今のところ、我々は事実を確認中です。
状況を観察し、情報を収集しています。


第1号機原子炉の炉心溶融はこの時点ですでにかなり進行していた。
この日の夜、格納容器の圧力が異常に上昇した。
電源が喪失していたため、作業員は手動でベントを試みた。
これにより格納容器の圧力を下げようとしたのである。
しかし放射線量が高すぎて、この必死の試みは中断せざるを得なかった。
空気圧縮機を使ってやっと弁を開放することに成功し、最悪の事態は防ぐことができたように見えたが
排水システムに漏れがあり、大量の水素ガスが格納容器が入っている原子炉建屋の外壁部に出てしまい、それが天井付近に溜まってしまった。

(ザイデルベルガー氏)
このように完全なブラックアウトというのは信じがたい。
電源喪失だけでなく水もなかったというのは、あってはいけないことです。
システムが閉じた状態になれば、漏れが生じるのは当然です。システムは開かれていなければ、冷却もできません。
すべて、想像しがたい事態です。


状況はどんどんコントールできない状態へ陥っていった。
3月12日の13時36分には第1号機の建物の外壁部を吹き飛ばす大爆発が起きた。
ここはウィーン。
ここで物理学者兼リスク研究家のヴォルフガング・クロンプ氏は働いている。
彼は70年代から原子力エネルギーの危険をテーマにして、取り組んできただけでなく、その事故を分析してきた。

(クロンプ氏)
あれは水素爆発だったということですが、それはどう起こるかというと金属は高温になると水と反応し、まず水素を発生させます。
大量の水素が今度は、酸素と反応して酸化し、可燃性の高いガス集合気体となります。

第1号機の爆発の2日後には、今度は第3号機で大爆音と共に爆発が起きた。
ここでも炉心溶融はすでに起きていた。
原子力安全保安院は福島第一原発に関しほとんど情報を持っていないようだった。

(保安院 西山英彦氏)
本日11時1分に福島第一原発の3号機外壁部で爆発が起こりました。
大爆音が聞こえ、水蒸気が大量に上昇しました。
おそらく水素爆発と考えられます。
それでは、東電が伝えてきた内容を、報告します。
計測されたパラメータをもとにしますと、原子炉格納容器の健全性は保たれていると考えております。


(枝野官房長官)当時
今回の爆発事故の原因は、先日の第1号機の爆発と同じだと考えられます。
格納容器は健全です。
そして、我々も、専門家も含めて、これにより大量の放射能が外に漏れることはないと認識しております。


この時点で責任者が唯一、確かに言えたことは、原子炉建屋が2つ、爆発したということだけだった。
ヴォルフガング・クロンプと彼のリスク研究所の同僚は、チェルノブイリの事故があった直後にも事故の影響を分析してきた。彼は、日本のエネルギー政策が無責任だと語る。

(クロンプ氏)
最大の過ちはなによりも、これほど地震の多い国に原発を建設したということです。
このような土地に原発はまったく不適です。
どのような地震にも耐えられる安全な設計というのが、あるとは思えません
ここまでは事故が起きても我慢できるとか、ここまではいいことにするなどの計算をするということがそもそもおかしい。
実際に核の事故が起きてしまえば、帳消しにできない足跡をとてつもなく長い時間に渡って残すことになってしまう、そしてそれは決して許されないことだからです。


ドナウ川のほとり、ツヴェンテンドルフにオーストリア唯一の原発が建っている。
1978年に行われた原発の可否を問う国民投票で、否決されて以来、一度も運転されたことがない。
それ以来ここは、世界各地で原発に携わる人間のトレーニング施設として使用されている。この沸騰水型軽水炉はほとんど福島の原子炉と同じ型である。

(クロンプ氏)
この建物を見てください。
この建物の基礎を残して、上がほとんど数秒の間に爆発で木っ端微塵に飛び散り鉄骨が見えるだけの状態になってしまったのです。ということは上から覗けば、原子炉の上のほうが見える状態になっている。
圧力容器や、何年も保管しなければならない使用済み燃料プールがなんの保護も覆いもなく、露出するという状態になるのです。

まさにその状態が、3月15日に第4号機で、爆発が起きた時に生じた。この爆発により、使用済み燃料プールの天井が粉砕した。この第4号機には前に爆発していたユニットとちがった新しく、恐ろしい危険が潜んでいる。

(ガンダーセン氏)
第1から3号機までは、津波が来たときに稼動していました。4号機にはでも、原子炉には燃料棒が入っていませんでした。
そう聞くと、それなら第4号機は一番安全だったと、お思いになるかもしれませんが、そうではありません。
実際は、この4号機が一番危険なのです。
燃料棒は原子炉から取り出され、燃料プールに入れられていました。
つまり、安全を確保する格納容器の外にあるわけです。
ということは、この燃料棒を保護するものは何もないということです。津波に襲われて、4号機では燃料プールの水は、かなりこぼれてしまいました。
それに加え、電源がなかったので冷却ができませんでした。ここに入れられたまだ原子炉から取り出されたばかりの核燃料は、すごく高熱で、水はすぐに蒸発してしまったはずです。


状況はどんどん悪化してしまった。
自衛隊が投入され、空からヘリコプターで注水を行った。
しかし、これは原子炉の冷却が主な目的ではなかった。
時間との競争は、もうこの時点ですでに始まっていたのである。

(ガンダーセン氏)
この頃のドラマチックな画像として、ヘリコプターで水をかけようとする様子が流れましたが、彼らはこの時、原子炉に水をかけようとしたのではないのです。
そうではなく、4号機の燃料プールに水を入れようとしたのです。
彼らはなるべく下降してどうにか少しでも燃料棒が入っているプールに水を入れようとしたのですが、この必死の試みをとうとう断念せざるを得ませんでした。
水位はどんどん下がっていき、とうとう燃料棒の先端が露出してしまいました。
画像で見れるとおりです。それが原因となって、1~3号機ですでに起きたと同じ反応が起こってしまいました。
つまり、水素がどんどん発生して、4号機の建物が吹っ飛ぶだけの量に達してしまったのです。
原子炉自体は稼動していなかったにも限らず、です。


東電と保安院は4号機の爆発についてまず知らないふりをした。4月4日の報告書では15日のこととして単に「壁の損傷」だけが確認されている。
しかし米国の原子力安全委員会は、3月17日の時点で最大の警告を発していた。燃料プール内の核燃料が露出していたため、4号機では水素による爆発が起きたと考えざるを得ない、とインターンの報告書に書かれている。

(ガンダーセン氏)
これは4月初めに東電が公開したビデオです。
これでようやく4号機の燃料プールの様子を覗くことができました。この画面がその中でも一番わかりやすい。
これは次のことを示しています。
床は大体、このくらいの高さまであったはずです。
蒸発と爆発により水量が減り、かなりダメージを受けて、床が落下しています。
ここら辺に核燃料が置かれています。
この緑の機械は、核燃料を移動するためのクレーンです。
しかしこのクレーンも破壊してしまい、今では燃料プールに入り込んでしまっているのです。


東電は、原子炉建屋と燃料プールに、上から水を入れるしかなくなった。
東電自身も事態をかなり深刻と判断し、爆発後、4号機の作業員は全員避難を余儀なくされた。
その中で50人だけがここに残った。
これが、外国のジャーナリストから、フクシマ・フィフティと呼ばれるようになった勇敢な50人である。
東電は2011年の11月になって初めて、4号機で爆発があった事実を認めた。しかしそれでもその水素ガスが燃料プールから、発生したものだとは認めようとしなかった。
というのも、それを認めてしまえば、燃料がしっかり冷却できなかったことを認めざるを得なくなるからだ。
それで彼らは、自分たちの解釈を説明した。

(アルバレス氏)
東電は4号機の爆発は水素爆発だった、そしてその水素は、3号機と繋がっている共通の排気筒を通して、3号機から水素が4号機に流れ込み、爆発を起こした、と説明しています。私自身は、この説明に信憑性があるとは思えません。


日本の東京大学の学者も、日本原子力研究開発機構も、この説を疑っている。
3号機の爆発が起きてから4号機の爆発まで、20時間も経っていることもそれでは説明がつかない。

(クロンプ氏)
2つ目の説があります。
これは、長くジェネラル・エレクトリック社に務め、スリーマイル島の事故があったときにも、事故の収束にたずさわっていたマイルスという、原子力エンジニアが主張している説ですが、彼や私の知っているエンジニアたちはこう解釈しています。つまり、まず地震で燃料プールに亀裂が入り、水が流出してしまった。
それで、ウラン燃料の被膜をつくっているジルコニウムが、とても高い温度に達して自然に発火してしまった。
そのときに水素も同時に発生したために、爆発が起きた、というものです。


結果的に爆発は途方もない破壊をもたらした。
燃料プールには点検のため原子炉から取り出された燃料が入っていただけではなく、200本以上の燃料棒が入っている。燃料プールに充分な水がなければ、これらは途方もない脅威を意味する。
東電は2012年1月にもまだ事態の過小評価を試みている。
東電のスポークスマンの主張は、世界の専門家たちによる原子炉画像のどんな分析にもあらゆる点で矛盾している。

(ひとすぎ よしみ氏)
燃料プールにはちゃんと水が入っていて、冷却がされていますし、燃料プールが大きく損傷しているということを示す兆候は確認されていません。


(ガンダーセン氏)
米国の原子力規制委員会は福島第一の4号機を一番危険なものと見なしています。というのは、燃料プールがなんの保護もなく放置されていて、燃料棒が、いつ引火して火災を起こしておかしくないからです。
そのようなことが起きれば放射能と火災で20万人を超す人間が死亡することがありうると想定できました。
だから米国政府は、原発から半径100キロ圏内の住民に避難勧告を出したのです。


ワシントンにある原子力エネルギー協会は、米国の原子力ロビーを取り仕切る団体だ。
A. P. ヘイマー氏はここを代表する戦略家だ。

(ヘイマー氏)
米国の原子力規制委員会は、米国市民に対して、福島第一の最低半径50マイル圏内から離れるよう、勧告しました。
この勧告をするに至ったのには2つ理由があります。
1つ目は、日本に滞在する米国市民は外国人であり、現地の言葉をちゃんと理解できないことです。
このような災害が起きた時に、邪魔にならないよう退散していた方がよい、という判断です。
2つ目の、しかももっと適当だと思われる理由は、原子力規制委員会がワーストケース、つまり最悪の事態を分析したことにあります。


米国の原子力規制委員はワーストケースのシナリオを重要視した。4号機の燃料プールに水がなくなる危険を重視した。これは、官庁インターンの電子メール文書から明らかだ。日本人はそうではないと主張しているが、アメリカではそれを疑っていることがここでわかる。
しかし、どうやらその最悪の事態は起きなかったようだ。

(ガンダーセン氏)
もし燃料棒が火災を起こしていれば、今頃日本ははっきり2つに分断されていることでしょう。
そうなれば50マイルほどの幅の地帯が日本を横断し、もう北から南へ行くことができなくなっていたでしょう。


東京から消防隊が現地に送られるまで、事故から1週間かかった。菅首相自ら、その命令を下している。
まさに、決死隊だった。

(消防隊の隊長)当時
これは、もう黄泉の国かと思いましたね。
普通私たちが行く事故の場所とは違って、あそこではなんの音もなく森閑としていました。
怪我人も死亡者も誰もいない。
あそこに着いた時は正直言って、怖かったですね。


暗闇の中で、彼らはどう進むべきか計画を練った。
右も左もまったくわからない状態だった。
隊員たちは36時間休むことなく働き通しに働いた。
どこもかしこも瓦礫ばかりで、大きい車両は、海までたどり着けなかった。
それでも、なにがなんでも1号から4号機まで、水で冷却しなければいけなかった。

(消防員)
人力で200キロもあるポンプを海まで引っ張っていきました。それから、原子炉のそばまで、かなり長いホースを引かなければだめでしたね。


(枝野官房長官)当時
現在、1号機から3号機まで消防隊により、海水が運ばれており、状態は安定しているとの報告が入ってきています。


(ザイデルベルガー氏)
あれは必死の試み、というものでしたね。
なんの水もほかになかった上、非常用の貯水もなかった。
それで仕方なく海水を使ったわけですが、先のことを考えなかったのか、あるいは知っていてなにもしなかったか知りませんが、海水というのは塩分が固まりになってそこら中にこびりつき、なにかをふさいだり沈殿したりします。
そしてその後、真水を使って放射能にまみれた塩の塊を洗い流し、今度は大量の放射能に汚染された水をまた海に流してしまったのです。


昼夜ひっきりなしに1~4号機まで放水が続けられた。
毎時ごと、放射能に汚染された水が、各ブロックでどんどん溜まっていった。
海江田経産相は、放射線量が高いので放水活動を中断せざるを得ない消防隊に向って、原発事故現場で放水を中断すれば処分する、と脅した。それから2号機で2度、爆発が起きた。これにより配管と外側の立て杭に亀裂が生じた。
その亀裂から放射能汚染水が漏れ出た。
亀裂をまずコンクリートで固めようとしたが失敗し、紙やおがくずなどで試みたのち、水ガラスを導入してどうにか亀裂を止めることができた。
大量に発生した放射能汚染水を東電にはもう処理することができなくなっていた。

(枝野官房長官)当時
放射性物質を含む水を海に放出する以外手立てがありません。


1万トンの高放射能汚染水が、その後太平洋に放出されることとなる。
それが世界の生態系にどのような影響をもたらすことになるのか、まだ誰にも評価できない。

(アルバレス氏)
海に放出された汚染水の量を査定すると、開始時点より3倍に増えているとする報告が上がっています。
そして原子炉からずいぶん離れた場所でも高い放射線が、見つかっているということから、かなり高度の放射能が、放出されてしまったことがわかります。
私は、これまでの評価を訂正すべきだと思います。
数字はずっと高いものであるはずです。


(クロンプ氏)
海が今後どのような反応を起こすかについては、まだ答えは出ていません。世界初の実験であるわけで、これから判明していくことでしょう。


これほどの非常事態に対して、危機管理があまりにひどかった東電と政府だが、菅首相は7月にこのようなニュースを晴々と伝えた。原発事故を収束するための第1ステップが、見事終了したというのだ。
「循環注水冷却システムができあがり、これからもステップ2終了に向け、努力を続けていく所存です。
いわゆる「冷温停止」が完成できるのは、2012年の初めと考えております。」
これはしかし、政治的な議事日程であって、絶え間なく続行する事故の現実とは無関係だ。
ここはウェールズ沿岸のアバリストウィス。
クリストファー・バスビー教授は、ここの大学で研究する放射性化学者だ。彼はまた、独立した欧州放射線リスク委員会のメンバーでもある。
ここにはヨーロッパ各地からあらゆる専門家が所属している。彼は、フクシマ近辺とその周辺で実際に、どの程度汚染が進んでいるか、調査し、住民にとってどれくらい危険があるか調べようとしている。
それで彼は、車のエアフィルターを日本から取り寄せた。
彼はその車が、事故直後からどこにあったかを、持ち主に細かく記録してもらった。

(バスビー教授)
フィルターを開けて、アルファ粒子を検出する装置に入れます。まず24時間待たなければいけません。


アルファ粒子を放出する放射線は、人間の細胞に当たれば、極めて危険である。

(バスビー教授)
人々はこの放射能に当たるだけでなく、それを体内に吸い込みます。環境にはウランやプルトニウムが大量に放出されていて、遺伝子を壊す、非常に危険な物質に満ちています。ですから、地面にある放射能だけでも、大変怖れなければいけない。
それが空気にあれば、人々はそれを当然吸い込みます。
私は車のフィルターを測定しましたが、フィルターに溜まった同じものは人間が吸い込んでいるのです。
それが肺からリンパシステムに入れば病気になります。
  続く→
続き 7月には東京はいつもと同じ状況に戻った様子を見せていた。しかし、放射能に汚染された牛のえさや緑茶、または米などがニュースとなった。
東電や政府の過小評価がどんどん信憑性を失っていく中でも、人々はあまり動揺しなかったように見られた。
同じ頃、バスビー教授は自分の最初の分析結果を手に、東京を訪れた。分析結果はかなり不安を呼び起こすものだった。車のフィルターから、セシウム430と137が発見されたからである。
セシウム137は、何百年にも渡って、放射能を出し続ける強い放射性物質である。ノルウェーの研究者たちがその後、バスビー氏の分析結果を確認している。

(バスビー教授)
ということはかなりの量の放射線がすでに、放出されたということです。
福島からあれだけ離れた千葉などで、予測していた以上のものが発見されたわけですから。
これはまたウランやプルトニウムを含むその他の放射性物質が、かなり大きな距離にわたって拡散されたはずであることを示す証拠ともいえます。
つまり、住民たちはかなりの被爆の危険にさらされているのです。
それは、核実験が世界で相次いだ1963年ごろ、測定された大気の放射能物質より、千葉では300倍も強く、100キロ圏以内ではなんと1000倍も強くなっています。


クリストファー・バスビー氏はふたたび北へ向い、環境における放射能の影響を測定した。

(バスビー教授)
今私たちは津若松にいます。そしてここにあるのはポータブルのガンマ線スペクトロメータです。


スペクトロメータは夥しい量のセシウム430と137を検出した。この2つの放射性物質は人体においては、ことに筋肉と臓器組織に蓄積される。
専門家は、このように汚染が進んだ東日本、東北地方では今後、何十年にも渡って、農業はできなくなるであろうと語っている。夏には米や牛肉から放射性物質が見つかったが、12月にはとうとう乳児用の粉ミルクから、放射性セシウムが検出され、回収されることとなった。
放射性の粒子がそれほど高い濃度で、しかもそれほど遠く離れた場所で発見されるということで、専門家にとってかなりのことが明らかになる。

(バスビー教授)
事故当初、あれは原子炉建屋の外側の壁が吹き飛んだだけの水素爆発だ、と言われましたが、あれはそうではなかったはずです。ことに激しい勢いでエネルギーが、垂直に抜け出た爆発がありました。
ただの水素爆発であったのならば、あんなに事故現場から離れた場所で、あれだけの放射性物質が発見されるわけがありません。


科学雑誌ネイチャーは12月に福島の事故調査を行った国会議員の報告書を掲載した。ここで、プルトニウムが最大45キロ離れた地点で、発見されていると伝えている。
しかも、これだけの量のプルトニウム238は福島第一原発から、放出された以外には考えられない、と確認している。しかし東電にとっては、それはあってはならないことだった。

(ひとすぎ よしみ氏)
どのようにしてプルトニウムが検出されたか、詳細はわかりませんが私どもでもその地方を調査しており、ごく微量のプルトニウムしか検出されませんでした。
しかしプルトニウムは核実験の放射性降下物として、全世界に広がっていますので、どこでも、わずかな量のプルトニウムは検出できるのです。


3号機の激しい爆発は世界の独立した、専門家たちに謎を投げかけたが、ワシントンの原子力ロビーにとっては、答えは明白だったようだ。

(ヘイマー氏)
3号機ではその周辺がまさに吹き上げられ、破壊したように見えますが、爆発がどのように進行したか見ていく限り、私たちはあれは即発臨界ではなかったと確信しています。
あれは本当に水素爆発だったのです。
山口幸夫氏は原子力資料情報室の代表を務める環境学者だが、彼はもっと恐ろしい事態を危惧している。


(山口幸夫氏)
3号機で起きたのが核爆発ではなかったとは言い切れません。というのも、あそこではウランとプルトニウムを混ぜて、つくったMOX燃料が使われていたからです。どれだけの物質がどこまで拡散したかを、突き止めていけば、それを決定する調査を進めることができると思います。


もう一度ヴェルモントに戻った。
アーノルド・ガンダーセン氏はこの3号機の爆発を、細かく分析しているからである。

(ガンダーセン氏)
私が3号機の爆発の画像を見る限り、1号機で起こった爆発や、その他の水素爆発から、私が見て知っているどの爆発とも、はっきり異なることがよくわかります。

このスライドはどれも300分の1秒の間隔で撮られたものです。5番目のスライドで3号機の爆発が始まります。
鋭い閃光が走るのが見えています。これは即発臨界の始まりを示します。建物の右の部分から炎が突き抜けます。
そしてこここそ、燃料プールがある場所なのです。
ですから私は、燃料プール自体が爆発の原因であったと考えているのです。
爆発がピークに達した時、黒煙とともに、がれきが木っ端微塵に飛び散るのが見えます。燃料も中に入っています。ありがたいことに、そのほとんどが海に吹き飛ばされました。燃料にはウランとプルトニウムが入っています。
そしてプルトニウムに関しては、25万年も環境に留まるのです。この煙は約1キロも空中に上昇しています。
燃料プールから燃料が吹き飛ぶには、燃料が異常な熱と異常な速度を持たなければいけません。
これを私たちは即発臨界、と呼んでいます。
これは原子爆弾に似ていますが、それほどはひどくないというところです。そしてこれは、通常の水素爆発とは異なります。化学的爆発というのがある一方で、原子爆弾というのがあります。ここで起きたのは、その中間、と呼べるでしょう。
これは核分裂の連鎖反応であり、これは非常に高い速度で進行します。水という水がすべて蒸発し原子炉の金属も溶かし、そして燃料がプールから上に吹き飛ばされて、何マイルもの領域にわたって降り注いだのです。

米国の原子力規制委員会でも早々と、3号機の爆発は単なる化学的水素爆発ではなく、劇的なものであったと報告している。インターンの電子メールで3月25日に、膨大な量の蒸気は放射能特有のプロセスであった可能性が高く、つまり意図しない臨界による熱があったことを示唆している。
この分析のことはまったく公に知られていない。

(ガンダーセン氏)
事故のすぐ直後に世界で有数の原子力産業アレバ社やジェネラルエレクトリック社、ウェスティングハウス社などがこぞってこのことを公にしないようにと、国会に圧力をかけ始めたことを私たちは知っています。
しかし私たちは、アレバ社がスタンフォード大学で報告発表を、開催するということを突き止めることに成功しました。あそこではどれだけ深刻であるかが、報告されたのです。そして、やはりジェネラルエレクトリック社やウェスティングハウス社に管理されている主要メディアは、このストーリーを過小に伝えることに徹底しました。
フランスはパリの、アレバ社の本社ビル。
アレバ社は世界で最大級の核産業企業であり、ウランとプルトニウムからできている悪評の高いMOX燃料の納品会社だ。福島第一3号機で使用されていたMOX燃料もアレバ社のものだ。アレバ社でも事故はすぐに分析された。
ドイツの原子炉安全協会もこの報告をもとにデータを出しているが、4号機では事故直後に燃料プールで爆発と火災が起こったと記載されている。


この報告は、事故から10日後にスタンフォードで、開催される会議のベースとなるものだった。国際安全保障協力センターのプライベートな招きで、訪れた参加者たちはすべて、事故の経過と詳細を知っている人ばかりだった。しかし、事故の恐るべき事態や影響に関する情報には、誰一人動揺していようには見受けられなかった。インターンで撮影されたビデオがその様子を物語っている。

(アレバ社のアラン・ハンソン氏)
今のところ燃料プールは無事に保たれている様子です。
これは日ごと小さくなっていく問題でしょう。
我々に報告されている現場の放射線量では、燃料が引火したということは、結論付けることができません。


考えられ得る最悪の事故が、起こったなどということがあってはいけないのである。
あまりに多くのことが危険にさらされることになるからだ。世界中の原子力エネルギーの未来がかかっているのだ。

(原子力ロビースポークスマン、Kate Marvel氏)
この事故は、原子力エネルギーの終焉を告げるものではありません。原子力エネルギーがなくなることはありません。

(アラン・ハンソン氏)
現場に数時間滞在しても、大した量の被爆をすることはないでしょう。現地の住民たちの健康に大きな影響を、及ぼすことはないでしょう。
事故が起こってから4ヵ月後にはすでに、15歳までの1080人の子供を対象に甲状腺スクリーニングが、おこなわれたが、そのほぼ半分が放射性ヨウ素による被爆をしていることがわかった。
これはガンを発病する危険性が高いことを意味する。
ついに政府は秋から福島の18歳までの36万人の子供と若者を対象に、ガン定期検査を実施すると決定した。
スタンフォードで専門家の一人は、経済的な影響について希望的に語っている。


(Daniel Okimoto氏)
復興が始まれば需要が刺激され、9ヵ月後、今年の終わりまでには、成長率が伸びるものと思われます。
私の予測では、来年の2012年には、より高い成長が期待できるでしょう。
大事故から1年。
2900万トンもの瓦礫を処理しなければならないが、まだ計画は出来上がっていない。放射能に汚染された瓦礫がただ無造作に積み上げられ、野外に野放しにされたままだ。
除染を計画されている家屋の数は、実際に必要な家屋の数の10分の1に過ぎないと専門家は語る。


(原子力ロビースポークスマン、Kate Marvel氏)
この意味で私たちは選挙民としてもエネルギー消費者としても全員が核エネルギーの将来を決定するのです。
私は、今後起こるであろうことに対し、根拠ある議論ができる道が、見出せることを願ってやみません。


原子力ロビーは早くから、マスメディアが必要であることを知っていた。今日では「メディアの原子力コンプレックス」とそれを呼ぶことができるだろう。
このようにしてアメリカの大手のCBS放送やNBC放送は、ジェネラル・エレクトリック社やウェスティングハウス社を通じて、日本の原子力産業とつながっており、事故直後、日頃は鋭いオブザーバーが、きわめて控え目なコメントしかメディアに出そうとしなかった。必要以上に早急に出来事の詳細を、評価するのは避けようと判断したようだった。これが世界に影響する原子力事故であるなどとは、いいたくなかったのである。

(ガンダーセン氏)
事故があってから2,3日後は、ニュースでもほかの話題を出してから、最後にちょこっと付け加える程度しか報道しませんでした。これは原子力産業にとって、ニュースポリシーに干渉することが大切だったからです。
日本の原子力産業の伸ばす腕も長い。
フリージャーナリストでありニュースキャスターでもある上杉隆氏は、フクシマでの事故経過と政府や東電の情報政策の裏を探ろうとしてきた数少ないジャーナリストの一人だ。日本のマスメディアに対する彼の評価は、かなり意気消沈するものだ。


(上杉隆氏)
報道内容に関して点数評価をつけるとしたら、百点満点のうち1点も上げることができません。いや、それ以下です。
マスコミの仕事は東電や政府が隠そうとする情報を、暴いていくことにあるはずです。
しかし彼らは、真実の隠蔽に、貢献しているのです。


上杉氏は今でもある放送局の番組の司会役を務めている。
彼の番組の今夜のゲストは、福島前知事、佐藤栄佐久氏だ。彼はプルトニウムが燃料に入ることに反対し、日本の原発ムラの権力を身に沁みて感じることとなった人間である。彼は自分の職務から追放されてしまったのだ。
上杉氏に対する攻撃は、かなりオープンだった。

(上杉隆氏)
3月18日のことだったと思いますが、政府スポークスマンである枝野氏が記者会見で、フリーのジャーナリストの中に「放射能が放出されている」というデマを流している者がいますが、市民を不安に陥れているので、即刻やめてほしい、と発言しました。
私の名を出さなくても、私のことを指しているのは、明らかでした。
そしてそのうち、テレビで「デマに注意しましょう」というコマーシャルを流し始めました。
それでも踏みこたえていくと、いつか番組から降ろされることになります。それで、以前原発関係会社がスポンサーをしていたTBSでの仕事を失う羽目となった、と上杉氏は語る。
私はメルトダウンが起きているはずだという報告や爆発でかなりの放射能が拡散されたに違いないという報告を、目にしたので、東電に向ってそれを確認する質問をしました。それ以後、彼らは圧力をかけて、日本のメディアから私を排除することが始まっていきました。
もともと原発ロビーの敵ではなかった佐藤栄佐久氏には、汚職疑惑がでっち上げられた。


(前福島県知事 佐藤栄佐久氏)
私は、日本が原子力帝国になってしまったと思います。
情報は抑制され、政府、マスコミ、学者たちはこぞって、彼らとは別の考えを持つ人間を全部排除してきました。
これはファシズム以外の何物でもありません。
こういう状況ができあがっていたからこそ、フクシマの事故が起きたのです。


カリフォルニア州サンフランシスコ。
シリコンバレー近くに住む日系アメリカ人ケイ・スガオカ氏は、長年ジェネラル・エレクトリック社に、原子炉技術者として務め1年に数回、原子炉納入業者の依頼で、定期検査のために福島原発を訪れていた。
それは、彼が解雇されるまで続いた。

(ケイ・スガオカ氏)
私たちは放射線防護装置を点検し、修理を行い、点検をしました。我々の専門は原子炉容器内での作業、ことに燃料挿入箇所でした。
スガオカ氏と彼のチームは点検の際、原子炉容器の奥底で時として、信じられぬ発見をすることがあった。
例えば蒸気乾燥機の向きが、180度反対に取り付けられていた。それから、配水管に15cmほどの亀裂が見つかった。
しかしそれらのことをスガオカ氏が検査報告書に、書こうとすると、責任者たちが、それをやめさせようとした。
彼らは、180度向きが反対だという箇所を削除したのです。誰も、蒸気乾燥機の位置が反対に取り付けられていることを、認めようとしなかったのです。
私は当時は、どうして彼らがそれを隠そうとするのか、わかりませんでした。そして私にもう1つわからないことは、その後、東電とジェネラルエレクトリック社と官庁の間で、どのような取り決めが行われたかです。
彼らはちゃんと議論をしたはずです。
やっと2002年9月になってGE社の弁護士が、一度も蒸気乾燥機を取り替えていないと東電が言っているのに対し、GE社がなんの抗議もしなかったと認めました。
2002年の9月には、彼らはまだ嘘をついていたのです!


スガオカ氏の認識が公になって、彼は内部告発者として有名になった。それは東電にとっては災難なことだった。
東電の持つ全原発が一時停止を余儀なくされ、社長や幹部はすべて辞任に追い込まれた。
今日では東電は前向きには透明性に務めている。
30人ほど選り分けの報道陣が11月には、事故の起きた福島第一原発の視察を許された。
線量計は毎時500マイクロシーベルトを測定。
とても危険な値で、記者たちはバスを離れることは許されなかった。この東電の宣伝企画は、不毛の惑星への日帰り旅行だったといえるだろう。

(鈴木智彦氏)
フリーのジャーナリストたちははっきり差別されています。あのバス視察旅行でも私たちは最初から排除されています。通常の記者会見には、フリーのジャーナリストは、入場が許されていません。
万が一入れることがあるとすると、今度は、なんの質問もしてはいけないといわれます。
我々は、だから原発の現場からも除外されています。
調査報道派のジャーナリストである鈴木智彦氏は、ジャーナリストして入ることができないのなら、と潜入することに成功した。労働者として丸1ヶ月、事故の起きた原発で働いたのである。
そして自分の仕事の間、秘密で撮影を行った。この腕時計に隠した小さいカメラを使って、だ。
こうして彼は、50時間の映像材料を集めた。


冷却システムでの作業はとても危険だ。
というのも、ここは3号機から30mと離れていない。
ここで働いている労働者はほぼ全員この地方出身で、なにもかも地震・津波で失ったという人ばかりだ。
生き延びるために、彼らはどんな仕事でも、引き受けざるを得ないのである。彼らは東電の子会社のまた子会社、ひ孫会社から派遣されている。こうして親会社はどんな責任からも逃れられるという仕組みだ。
日本のやくざがこの人材派遣を仕切っているというのは、今では誰もが知っている秘密である。東電は先日ようやく、2人の労働者が急性白血病で、死亡したことを認めた。
噂では、死亡者の数はずっと多いという。

(鈴木智彦氏)
労働者にとっては、今手にするお金の方が、10年後発生するガンよりずっと大事なのです。


労働者は最高4時間仕事をする。それ以上は体がもたない。
以前の規則では、作業員の放射線測定で、インパルスが180以上だったら、ここから出てはいけないことになっていました。
ところが今では、3000、または4000という量を、被爆した作業員が普通にノーチェックで出されているのです。
考えてもみてください、以前なら、高線量被爆者として扱われていた人間が、ここから普通に出て行くんですよ。
東電の問題は全然別なところにある。
冷却システムから出てくる放射能に汚染された大量の水はどうしたらいいのだろうか。場合によっては長い間貯蔵していかなければならないものだ。原発サイトにはぎっしりタンクが並んでいる。どれも一杯に汚染水が入っている。

(鈴木智彦氏)
このタンクにつながるホースですがどれも、簡単なプラスチックでできています。
私は外国人のオブザーバーに早くから、これが冬凍結すれば、ホースが破れてあちこちから、水が漏れるぞ、と言っていたんですが、つい先日、それが本当に漏れてしまいました。


鈴木氏は身の危険を承知で休憩時間に、福島第一原発全体を歩き回り観察した。東電は、告訴すると脅しながら、ここでのことを報告することを彼に禁じた。
東電としては、どうしても、原発の中が悲惨な状況にあるという、その真実が、公表されることを食い止めなければいけないからだ。

(鈴木智彦氏)
なにもかも仮の一時しのぎの処置です。彼らは、本当に安全な設備など最初から、つくっていません、時間がかかりすぎるからです。政府は昨年中にどうしても「冷温停止」達成と、宣言したかった。
原発は安定した状態になったと言いたかったのです。


そして、まさにその「冷温停止」達成を、野田首相は2011年末に誇らかに宣言した。

(野田総理)
原発近郊の放射線量を少なく抑えることが、まだ問題はあるとしても、技術的に可能だということが確認されました。


3号機の燃料プールに沈む瓦礫の山。
この画像を見るだけでも、「冷温停止」など、東電と日本政府が世界に公表した陳腐なプロパガンダ用トリックに、過ぎないことが一目瞭然だ。

(吉岡斉教授)
冷温停止というのは、燃料棒が、完全に水の中に浸かっていて、圧力容器内の温度が100度以下に、保たれていなければ言うことができません。しかし福島第一原発では1号機から3号機までの原子炉はすでに破壊されてしまっています。燃料棒の温度が低く保たれているとすれば、それは絶えず水を上からかぶせ続けているからだけです。こういうことですから、とても、冷温停止とは言い難いのです。


もちろんそのことは東電もよく知っている。
しかし世間に安心してもらうためなら、どんな言い訳もありがたく飛びつく。

(ひとすぎ よしみ氏)
冷温停止といえば通常、圧力容器内の温度が、100度以内に保たれている状態を言います。
この福島第一原発ではもちろんそれとは違うことは、私たちもよく承知しています。ただ、私たちはそれでも冷温停止状態と、呼ぶことにしました、それは状態がかなり安定に保たれているからです。


(バスビー教授)
日本の北部はすべて失われてしまったといっていい。
私は誰にも、早く避難しなさい、と勧めてきました。
これが私の心からの忠告です、早く逃げなさい、と。
あそこはもう、危険な場所なのです。


私の家族は1000年以来ここに住んできました。
私はここからどこにも行く気はありません。
たとえ何があろうと。
死ぬまで、ここにいるしか私には選択がありません。

(ガンダーセン氏)
福島の事故では、死人は道路に倒れていたりはしません。
ガン患者は、違った死に方をします。人々は10年、20年後に、ガンで亡くなっていくのです。福島ではガン疾患率が高くなり、少なくとも100万人は新しいガン患者が出ると思われます。しかし原子力産業はこの数字を公表したくはないでしょう。それは世界中で原子炉の終わりを、意味することになるからです。


フクシマの原発最悪事故は、原子力エネルギーにこれからも未来を託すには、まったく起こってはいけないものだった。


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日本中の人が目にするまで、拡散してください。
 
日本の原発奴隷
 日本の企業は、原子力発電所の清掃のために生活困窮者を募っている。多くが癌で亡くなっている。クロニカ〔本紙〕は、このとんでもないスキャンダルの主人公達から話を聞いた。
 福島第一原発には、常に、もう失うものを何も持たない者達のための仕事がある。
 松下さんが、東京公園で、住居としていた4つのダンボールの間で眠っていた時、二人の男が彼に近づき、その仕事の話を持ちかけた。
 特別な能力は何も必要なく、前回の工場労働者の仕事の倍額が支払われ、48時間で戻って来られる。 2日後、この破産した元重役と、他10名のホームレスは、首都から北へ200kmに位置する発電所に運ばれ、清掃人として登録された。
 「何の清掃人だ?」誰かが尋ねた。
 監督が、特別な服を配り、円筒状の巨大な鉄の部屋に彼らを連れて行った。30度から50度の間で変化する内部の温度と、湿気のせいで、労働者達は、3分ごとに外へ息をしに出なければならなかった。
 放射線測定器は最大値をはるかに超えていたため、故障しているに違いないと彼らは考えた。
一人、また一人と、男達は顔を覆っていたマスクを外した。「めがねのガラスが曇って、視界が悪かったんだ。時間内に仕事を終えないと、支払いはされないことになっていた」。
 53歳の松下さんは回想する。「仲間の一人が近づいてきて言ったんだ。俺達は原子炉の中にいるって」。
 この福島原発訪問の3年後、東京の新宿公園のホームレスたちに対して、黄ばんだ張り紙が、原子力発電所に行かないようにと警告を発している。
 “仕事を受けるな。殺されるぞ”。
 彼らの多くにとっては、この警告は遅すぎる。
 日本の原子力発電所における最も危険な仕事のために、下請け労働者、ホームレス、非行少年、放浪者や貧困者を募ることは、30年以上もの間、習慣的に行われてきた。そして、今日も続いている。
 慶応大学の物理学教授、藤田祐幸氏の調査によると、この間、700人から1000人の下請け労働者が亡くなり、さらに何千人もが癌にかかっている

「完全な秘密」
 原発奴隷は、日本で最も良く守られている秘密の一つである。いくつかの国内最大企業と、おそるべきマフィア、やくざが拘わる慣行について知る人はほとんどいない。やくざは、電力会社のために労働者を探し、選抜し、契約することを請負っている。
 「やくざが原発親方となるケースが相当数あります。日当は約3万円が相場なのに、彼等がそのうちの2万円をピンハネしている。労働者は危険作業とピンハネの二重の差別に泣いている」と写真家樋口氏は説明する。彼は30年間、日本の下請け労働者を調査し写真で記録している。
 樋口氏と藤田教授は、下請け労働者が常に出入りする場所を何度も訪れて回り、彼らに危険を警告し、彼らの問題を裁判所に持ち込むよう促している。
 樋口氏はカメラによって
彼は当レポートの写真の撮影者である―、
 藤田氏は、彼の放射能研究によって、日本政府、エネルギーの多国籍企業、そして、人材募集網に挑んでいる。
 彼らの意図は、70年代に静かに始まり、原発が、その操業のために、生活困窮者との契約に完全に依存するに至るまで拡大した悪習にブレーキをかけることである。「日本は近代化の進んだ、日の昇る場所です。しかし、この人々にとっては地獄であるということも、世界は知るべきなのです。」と樋口氏は語る。
 日本は、第二次世界大戦後の廃墟の中から、世界で最も発達した先進技術社会へと移るにあたって、20世紀で最も目覚しい変革をとげた。
 その変化は、かなりの電力需要をもたらし、日本の国を、世界有数の原子力エネルギー依存国に変えた。常に7万人以上が、全国9電力の発電所と52の原子炉で働いている。
 発電所は、技術職には自社の従業員を雇用しているが、従業員の90%以上が、社会で最も恵まれない層に属する、一時雇用の、知識を持たない労働者である。
 下請け労働者は、最も危険な仕事のために別に分けられる。原子炉の清掃から、漏出が起きた時の汚染の除去、つまり、技術者が決して近づかない、そこでの修理の仕事まで。
 嶋橋伸之さんは、1994年に亡くなるまでの8年近くの間、そのような仕事に使われていた。
 その若者は横須賀の生まれで、高校を卒業して静岡浜岡原発での仕事をもちかけられた。
何年もの間、私には何も見えておらず、自分の息子がどこで働いているのか知りませんでした。今、あの子の死は殺人であると分かっています」。彼の母、美智子さんはそう嘆く。
 嶋橋夫妻は、伸之さんを消耗させ、2年の間病床で衰弱させ、耐え難い痛みの中で命を終えさせた、その血液と骨の癌の責任を、発電所に負わせるための労災認定の闘いに勝った、最初の家族である。
 彼は29歳で亡くなった。
原子力産業における初期の悪習の発覚後も、貧困者の募集が止むことはなかった。誰の代行か分からない男達が、頻繁に、東京、横浜などの都市を巡って、働き口を提供して回る。
 そこに潜む危険を隠し、ホームレスたちを騙している。発電所は、少なくとも、毎年5000人の一時雇用労働者を必要としており、藤田教授は、少なくともその半分は下請け労働者であると考える。
 最近まで、日本の街では生活困窮者は珍しかった。今日、彼らを見かけないことはほとんどない。
原発は余剰労働力を当てにしている。
 日本は、12年間経済不況の中にあり、何千人もの給与所得者を路上に送り出し、一人あたり所得において、世界3大富裕国の一つに位置付けたその経済的奇跡のモデルを疑わしいものにしている。
 多くの失業者が、家族を養えない屈辱に耐え兼ねて、毎年自ら命を絶つ3万人の一員となる。
そうでない者はホームレスとなり、公園をさまよい、自分を捨てた社会の輪との接触を失う。
“原発ジプシー”
 原発で働くことを受け入れた労働者たちは、原発ジプシーとして知られるようになる。
 その名は、原発から原発へと、病気になるまで、さらにひどい場合、見捨てられて死ぬまで、仕事を求めて回る放浪生活を指している。
 「貧困者の契約は政府の黙認があるからこそ可能になります」。
 人権に関する海外の賞の受賞者である樋口健二氏は嘆く。
 日本の当局は、一人の人間が一年に受けることが可能である放射線の量を50mSvと定めている。
 大部分の国が定めている、5年間で100 mSvの値を大きく超えている。
 理論上、原子力発電所を運営する会社は、最大値の放射線を浴びるまでホームレスを雇用し、その後、「彼らの健康のために」解雇し、ふたたび彼らを路上へ送り出す。
 現実は、その同じ労働者が、数日後、もしくは数ヵ月後、偽名でふたたび契約されている。
 そういうわけで、約10年間、雇用者の多くが、許容値の何百倍もの放射線にさらされている説明がつくのである。
 長尾光明さんは、雇用先での仕事の際に撮られた写真をまだ持っている。写真では、彼は、常に着用するわけではなかった防護服を着ている。病気になる前、5年間働いた東電・福島第一原発で、汚染除去の作業を始める数分前にとった写真である。
 78歳、原発ジプシーの間で最も多い病気である骨の癌の克服に励んで5年を経た今、長尾さんは、原発を運営する会社と日本政府を訴えることに決めた。
【右上へ】→
東電は『死んでもいい人間』を集めた
 福島第1原発に潜入していたジャーナリストの鈴木智彦氏は日本外国特派員協会主催の記者会見に出席し、こう語った。「東京電力は震災直後、『死んでもいい人間を集めてくれ』と指示した」。
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 興味深いことに、彼は、契約されたホームレスの一人ではなく、監督として彼らを指揮する立場にあった。
 「大企業が拘わる仕事では、何も悪い事態が起こるはずはないと考えられてきました。しかし、これらの企業が、その威信を利用し、人々を騙し、人が毒される危険な仕事に人々を募っているのです」と長尾さんは痛烈に批判する。
 彼は、許容値を超える大量の放射線にさらされてきたため、歩行が困難となっている。
 30年以上の間、樋口健二氏は、何十人もの原発の犠牲者の話を聞き、彼らの病を記録してきた。
 彼らの多くが瀕死の状態で、死ぬ前に病床で衰弱していく様子を見てきた。
 おそらくそれ故、不幸な人々の苦しみを間近で見てきたが故に、調査員となった写真家は、間接的にホームレスと契約している多国籍企業の名を挙げることに労を感じないのだ。
 東京の自宅の事務所に座り、紙を取り出し、書き始める。「パナソニック、日立、東芝…」。
「広島と長崎」
 企業は、他の業者を通してホームレスと下請け契約をする。労働者の生まれや健康状態などを追跡する義務を企業が負わずにすむシステムの中で、それは行われている。
 日本で起こっている事態の最大の矛盾は、原子力を誤って用いた結果について世界中で最も良く知っている社会の中で、ほとんど何の抗議も受けずに、この悪習が生じているということである。
 1945年8月6日、アメリカ合衆国は、その時まで無名であった広島市に原子爆弾を投下し、一瞬にして5万人の命が失なわれた。さらに15万人が、翌5年間に、放射線が原因で亡くなった。数日後、長崎への第二の爆弾投下により、ヒロシマが繰り返された。
 あの原子爆弾の影響と、原発の下請け労働者が浴びた放射線に基づいて、ある研究が明らかにしたところによると、日本の原発に雇用された路上の労働者1万人につき17人は、“100%”癌で亡くなる可能性がある。
 さらに多くが、同じ運命をたどる“可能性が大いにあり”、さらに数百人が、癌にかかる可能性がある。 70年代以来、30万人以上の一時雇用労働者が日本の原発に募られてきたことを考えると、藤田教授と樋口氏は同じ質問をせざるをえない。
 「何人の犠牲者がこの間亡くなっただろうか。どれだけの人が、抗議もできずに死に瀕しているだろうか。裕福な日本社会が消費するエネルギーが、貧困者の犠牲に依存しているということが、いつまで許されるのだろうか」。
 政府と企業は、誰も原発で働くことを義務付けてはおらず、また、どの雇用者も好きな時に立ち去ることができる、と確認することで、自己弁護をする。日本の労働省の広報官は、ついに次のように言った。
人々を放射線にさらす仕事があるが、電力供給を維持するには必要な仕事である」。
 ホームレスは、間違いなく、そのような仕事に就く覚悟ができている。
原子炉の掃除や、放射能漏れが起こった地域の汚染除去の仕事をすれば、一日で、建築作業の日当の倍が支払われる。いずれにせよ、建築作業には、彼らの働き口はめったにない。
 大部分が、新しい職のおかげで、社会に復帰し、さらには家族のもとに帰ることを夢見る。
 一旦原発に入るとすぐ、数日後には使い捨てられる運命にあることに気づくのである。
 多くの犠牲者の証言によると、通常、危険地帯には放射線測定器を持って近づくが、測定器は常に監督によって操作されている。
時には、大量の放射線を浴びたことを知られ、他の労働者に替えられることを怖れて、ホームレス自身がその状況を隠すことがあっても不思議ではない。
 「放射線量が高くても、働けなくなることを怖れて、誰も口を開かないよ」。
 斉藤さんはそう話す。彼は、「原発でいろんな仕事」をしたことを認める、東京、上野公園のホームレスの一人である。
 原子炉の内部。下請け労働者のグループが日本の原子炉内部で働く。彼らのうち何名かは原発奴隷である。彼らは、何らかの技術的知識が与えられることはなく、国際協定で認められた最大値の1万7000倍の放射線を浴びている。
 原発で働く訓練と知識が欠如しているため、頻繁に事故が起きる。そのような事故は、従業員が適切な指導をうけていれば防げたであろう。
 「誰も気にしていないようです。彼らが選ばれたのは、もしある日仕事から戻らなくても、彼らのことを尋ねる人など誰もいないからなのです。」と樋口氏は言う。
 一時雇用者が、原発の医療施設や近くの病院に病気を相談すれば、医者は組織的に、患者が浴びた放射線量を隠し、“適性”の保証つきで患者を再び仕事に送り出す。
 絶望したホームレスたちは、昼はある原発で、夜は別の原発で働くようになる。
 この2年間、ほとんど常に藤田、樋口両氏のおかげで、病人の中には説明を求め始めた者達もいる。それは抗議ではないが、多くの者にとっての選択肢である。
 村居国雄さんと梅田隆介さん、何度も契約した末、重病にかかった二人の原発奴隷は、雇用補助の会社を経営するヤクザのグループから、おそらく、殺すと脅されたために、それぞれの訴訟を取り下げざるをえなかった。
「毎日の輸血」
 大内久さんは、1999年、日本に警告を放った放射線漏れが起きた時、東海村原発の燃料処理施設にいた3人の労働者の一人である。
 その従業員は許容値の1万7000倍の放射線を浴びた。毎日輸血をし、皮膚移植を行ったが、83日後に病院で亡くなった。
 労働省は、国内すべての施設について大規模な調査を行ったが、原発の責任者はその24時間前に警告を受けており、多くの施設は不正を隠すことが可能であった。そうであっても、国内17の原発のうち、検査を通ったのはたったの2つであった。
 残りについては、最大25の違反が検出された。その中には、労働者の知識不足、従業員を放射線にさらすことについての管理体制の欠如、法定最低限の医師による検査の不履行なども含まれた。
その時からも、ホームレスの募集は続いている。
 松下さんと他10名のホームレスが連れて行かれた福島原発は、路上の労働者と契約する組織的方法について、何度も告発されている。
 慶応大学の藤田祐幸教授は、1999年、原発の責任者が、原子炉の一つを覆っていたシュラウドを交換するために、1000人を募集したことを確認している。福島原発での経験から3年後、松下さんは、「さらに2、3の仕事」を受けたことを認めている。
 その代わり、彼に残っていた唯一のものを失った。健康である。
 2、3ヶ月前から髪が抜け始めた。それから吐き気、それから、退廃的な病気の兆候が現れ始めた。「ゆっくりした死が待っているそうだ。
と彼は言う。


調査報告/原子力発電所における秘密」より 
エル・ムンド[EL MUNDO:スペインの新聞 ]
2003.6.8

すべて読む>美浜の会

フクシマ - 最悪事故の陰に潜む真実
<YouTube>
 
フクシマ-最悪事故の陰に潜む真実 Part 1/4
【内容】 ■2011年3月11日、東京を始め日本の東北地方で大地震が起こった。福島第一原発を襲う大津波。非常用発電機のオイルタンクが流されてしまい、最悪の事態が発生した。原子力発電の完全なブラックアウトである。一時間後に第一号機と第二号機の冷却が止まった。これで「最悪の事故」を止めることができなくなったのだ。
 ■当時の菅内閣は、「原発の状況は平常で、原発炉は自動的に停止された」と伝えていた。状況はどんどんコントロールできない状態へ陥っていった。
フクシマ-最悪事故の陰に潜む真実 Part 2/4
【内容】 ■4号機の燃料プールの様子。蒸発と爆発により水量が減り、かなりダメージを受けて床が落下している。クレーンも破壊してしまい、燃料プールに入り込んでしまっている。燃料プールには200本以上の燃料棒が入っている。燃料プールに充分な水がなければ、これらは途方もない驚異を意味する。
東電のスポークスマンの主張は、世界の専門家たちのどんな分析にも、あらゆる点で矛盾している。

 ■大量に発生した放射能汚染水を、東電にはもう処理する事はできなくなっていた。1万トンの高放射能汚染水が、太平洋に放出されることになる。それが世界の生態系にどのような影響をもたらすのか、まだ誰も評価できない。
 フクシマ-最悪事故の陰に潜む真実 Part 3/4
【内容】 ■専門家は、このように汚染が進んだ東日本や東北地方では、今後、何十年にも渡って、農業はできなくなるであろうと語っている。(原発事故発生の2011年)夏には、米や牛肉から放射性物質が見つかったが、12月にはとうとう乳児用の粉ミルクから、放射性セシウムが検出され、回収されることとなった。
 ■3号機で起きたのは核爆発ではなかったとは言い切れない。米国の原子力規制委員会でも早々と3号機の爆発は単なる化学的水素爆発ではなく、劇的なものであったと報告している。
事故が起こってから4ヶ月後、すでに15歳までの1080人の子供を対象に甲状腺のスクーリングがおこなわれたが、そのほぼ半分が放射性ヨウ素による被爆をしていることがわかった。
これはガンを発病する危険性が高いことを意味する。
 フクシマ-最悪事故の陰に潜む真実 Part 4/4
【内容】 ■フリージャーナリストでもあり、ニュースキャスターでもある上杉隆氏は、フクシマでの事故経過と政府や東電の情報政策の裏を探ろうとしてきた数少ないジャーナリストの一人だ。
報道内容に関して点数評価をつけるとしたら、百点満点のうち1点も上げることはできません。いや、それ以下です。マスコミの仕事は東電や政府が隠そうとする情報を暴いてくことにあるはずです。しかし彼らは、真実の隠蔽に貢献しているのです。(上杉隆氏による評価)
 ■冷却システムでの作業はとても危険だ。ここは3号機から30mと離れていない。ここで働いている労働者は、ほぼ全員この地方出身で、なにもかも地震・津波で失ったという人ばかりだ。生き延びるために、彼らはどんな仕事でも、引き受けざるを得ないのである。
彼らは東電の子会社のまた子会社、ひ孫会社から派遣されている。こうして親会社はどんな責任からも逃れられるという仕組みだ。日本のやくざがこの人材派遣を仕切っているというのは、今では誰もが知っている秘密である。東電としては、どうしても、原発の中が悲惨な状況にあるという、その真実が公表されることを食い止めなければいけないからだ。
 ■「冷温停止」達成を、野田前首相は2011年末に誇らかに宣言した。3号機の燃料プールに沈む瓦礫の山。この画像を見るだけでも、「冷温停止」など、東電と日本政府が世界に公表した陳腐なプロパガンダ用トリックに過ぎないことが一目瞭然だ。
激動の福島
福島第1原発事故 1ヶ月の記録 「ダイジェスト版」
福島第1原発事故 1ヶ月の記録 「ダイジェスト版」

DVD完全版(4時間45分)
御用学者やひょうろんかの 原発珍発言満載
 福島第一原発事故から約1ヶ月間に繰り広げられた御用学者による無責任発言。
「水素爆発でも健康に影響なし」や「プルトニウムは重いから飛ばない」といった発言満載。
大マスコミは、政府の広報機関として、御用学者総動員で、放射能安全論を報道。
その中でも、大本営発表のDNAが息づいているNHKが一番悪い役割を演じている。
『福島原発事故 激動の福島』 DVD(完全版)内容
1.福島第一原発1号機爆発   
2.住民被ばく 3号機も爆発の恐れ 
3.放射線の影響  
4.放射能汚染と政府の対応  
5.原発作業員の危険手当もピンハネ 
6.牛肉から放射性物質  
7.放射性物質 封じ込め  
8.東電 清水社長緊急入院 
9.農家の悲劇 自殺 
10.プルトニウム検出 
11.注水と排水のジレンマ 
12.両陛下 避難所を訪問 
13.映像が語る惨状 
14.集団避難 
15IAEA 飯舘村2000万ベクレル検出
16.基準の数千倍の放射性ヨウ素検出
17.地下水から放射性物質
18.山下教授 放射性物質 私は怖くない
19.汚染水 直接海に 
20.3号機で何があった 
21.原子炉抱えるリスク
22.決戦 都知事選 
23.汚染水 海に放出 
24.基準の100倍汚染水 海に放出 
25.放射性物質海へ 決断の理由
26.危険性が見過ごされた理由 
27.コウナゴからセシウム 
28.汚染水放出 海外の反発 
29.汚染水の海への影響
30.他の魚介類に影響は 
※ 内容は放送順ではありません。
※ 本DVD(完全版)は《原発事故対策の参考資料》として「泊原発周辺市町村」と「北海道の放送局各社」 および、ツイッターの希望者等にお送りしました。
※ DVDが再生できない場合はご連絡をお願いします。
※ なお配布は、2012年11月4日で終了しましたが、「公的機関や団体」で、本DVD(完全版)をご希望の場合は、連絡先をご連絡ください。
本DVDは、報道番組を中心に全編25時間を「4時間45分」に編集しております。
DVDは長時間モードのため画質は良くありませんが、高画質をご希望の方は、ブルーレイで編集した物をお送りしますので、ブルーレイメディアをお送りください。

DVDの無料配布に関して、ご意見などもお寄せ頂けたら幸いです。なお、タダより高い物はないとお感じの方は、DVD受け取り後、原発の犠牲者に義援金をお送りください。
連絡先 石川栄一(元・北海道大学 文部科学技官)
「専門」 電子工学・制御工学

在職中の主な著書・論文集
 千葉の漁師 「最低でも週2回、奇形魚が揚がる」
福島第一原発事故関連のツイート
3月12日の1号機の水素爆発から1ヶ月近くの間に放出された放射性物質の総量■ 
◆原子力安全・保安院の試算では37京ベクレル。
◆原子力安全委員会の試算では63京ベクレル。
◆東電は「放射性物質の総量は発表できない」。
(「東電、原子力安全・保安院の情報隠しは続いている」より)

東電は『死んでもいい人間』を集めた
 「東京電力は震災直後、『死んでもいい人間を集めてくれ』と指示した」。福島第1原発に潜入していたジャーナリストの鈴木智彦氏は日本外国特派員協会主催の記者会見に出席し、こう語った。
全文>http://bit.ly/tu7hgw

★日本の頭脳★ 世界も驚く名言
 大橋弘忠(東京大学 工学系研究科システム創成学専攻教授 「元東電」) ・格納容器が壊れるのは、1億年に1回の確率だから、そんな事考えなくても良いです。
名言集

マスコミ→プルサーマルという言葉はテレビでは出すな※1
 東電、保安院、電事連すべての禁句は「プルサーマル」。 3月12日、14日の相次ぐ水素爆発でプルトニウムが大量放出されていたことは分っていたのに、これを必死に隠蔽。彼らを追い詰めたのはフリージャーナリストたちでした。

原子力安全委員会 かつて班目委員長は
 汚染水処理について「知識を持ち合わせていないので」東電と保安院にしっかりと指導をしていただきたいと答えて周囲を唖然とさせた。これで、週1回、最短10分弱の会議で約1650万円の年収を貪っている。

国・保安院、東電、御用学者による大嘘の数々
 彼らの主張「レベル7には絶対ならない。メルトダウンはありえない。再臨界は考えられない」すべて嘘、出任せ。 そして工程表による空手形。騙される国民と、安全説でマインドコントロールするマスメディア。米倉らの経団連は消費増税でも大儲け。

保安院 思い出のオズラ西山審議官は省内でラブアフェアー
 嘘を吐きながら、オズラ西山審議官は省内でラブアフェアーを楽しみ、「たいしたことない」と繰り返していたのです。西山審議官の子供も東電にコネ入社だそうです。

原子力村の「不都合な真実」
 原発大手企業と霞が関 ズブズブの証拠を入手
『安全なんか、知ったことか』
「現代ビジネス」http://bit.ly/kXDLGq
規制する側とされる側が同居」 「官民癒着」が疑われるズブズブの関係。 公にならないように法律の特例を利用して採用した上、受け入れ先は原子力行政の「中枢」と言われる原子力委員会や文部科学省の研究開発局など「原発関連部署」ばかり。原発の規制機関である原子力安全委員会(原全委)で働く東電社員もおり、規制される側と規制する側が机を並べる異常な姿が常態化していた。メンツも錚々たるもの。電力会社である関西電力や日本原子力発電から東芝、三菱重工、日立製作所などの日本を代表する大手メーカーがズラリ。

3.11東電の社長がパニックに陥りました。
 さらに保安院もパニックです。3.11「保安院は福島第1原発に通常7人いる安全を監督する立場の保安検査官が17日まで福島県庁に避難して一人もいないことを明らかにした(読売新聞)

福島原発の廃炉までに要する経費=1基5300億円、期間30年
 全て東電が持つべき。清水前社長に莫大な退職金を支給できのなら財源はある。内部留保もはき出すべき。足りなければ原発利権をむさぼった者や企業すべてだ。政財界そしてマスコミが賠償責任を負うべき。国民に責任はない。

東電、震災後も顧問に月額90万円 政府答弁書
 東京電力が東日本大震災の発生後、顧問計29人に総額1億5600万円の報酬を支払っていたことがわかった。野田内閣は17日、この事実を記載した政府答弁書を閣議決定した。
朝日新聞>http://bit.ly/HQgtAU

「原発の避難生活で自殺」 福島の遺族、東電を提訴
 訴状によると、喜一さんは避難生活を始めてからうつ病になり、昨年7月に自殺した。栄子さんは記者会見で、「事故がなければ夫は死なず、元の生活をしていたはずだ」と話した。朝日新聞


忘れられた悲劇 『お墓に避難します』とは行政に対する辛辣な批判
 原発事故は何人を自殺に追いやればすむのだろう。過日、酪農家が『全ては原発のせいだ』という意味の言葉を壁に書き残して自殺。東電の幹部がお詫びに行ったとか、会社としての反省のコメントを聞かない。

報道から消えた相馬の酪農家自殺
 農業男性は「連絡をとるたびに『原発ですべてを失った』と悩んでいた」と話した。このような状況の中で、国会では党利党略の政権争いをしている。仮に政権が変わっても、原発自殺のような悲劇は続く。
政治家も東電も経団連も自分達の利益の事しか考えていない。

マスコミから消えた報道
 「相馬の酪農家自殺「原発なければ」と書き残し」 農業男性は「連絡をとるたびに『原発ですべてを失った』と悩んでいた」と話した。国会では党利党略、政権争い。仮に政権が変わっても、悲劇は続く。政治家や東電は自分たちの利益の事しか考えていない。

自殺・誰も止められない日本の原発問題
 事故直後、雲隠れした東電社長、立ったままスリッパ履き被災地のお詫び行脚をし顰蹙を買う東電社員たち。暴走する福島原発。測るのも恐ろしい放射能汚染水に浸かり緊急搬送された下請作業員。
ソース> http://bit.ly/ybZUoE

東京電力【放射能を撒き散らして除染処理を独占!】
 東京都が今後3年間で受け入れる50万トンの瓦礫処理の受注は、東電の関連会社が独占。国は税金で撤去費用をほぼ全額国庫負担とする方針。東電と関連会社は「放射能を撒き散らして除染処理を独占」悪魔の所行。『マッチポンプで東電大儲け!』
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LastUpdate 2015/10/19 
 
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北大工学部・情報工学科 計算機室にて
 
 
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耐震偽装事件

耐震偽装隠蔽事件 「巨悪は政治家と官僚、 記者クラブ」 
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「5年は戻れない」と 浪江町長  福島原発事故で 全町避難
 東京電力福島第1原発事故で全町避難している福島県浪江町の馬場有町長は10日、「今後5年は町に戻れない。『戻らない』のではなく、インフラの復旧整備もされていないので、生活できない状態だ」と述べた。
 9月定例議会の一般質問に答えた。
 馬場町長は、国の避難区域再編案について、年内をめどに受け入れる方針を明らかにした上で「低線量の区域でも戻って生活できる状態ではない。原発も安全とは言えず、区域再編を受け入れても軽々しく避難指示の解除はできない」と話した。
 浪江町は放射線量に応じ「帰還困難区域」「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」の3区域に再編される見通し。【共同通信】
【汚染水タンク】 増設計画 22万トンから 70万トンへ  福島第1原発
 東京電力は7日、福島第1原発で増え続ける汚染水対策として、タンクの容量を現在の約22万トンから、約70万トンに増やす計画を国に報告した。これまで約39万トンに増やす予定だったが、汚染水の増加に対応できないため変更する。
 計画では第1原発敷地内の南側にある森林を伐採。必要があれば地盤強化工事をした上で、2014年夏ごろまでに約70万トンまで容量を増やす。東電はこれまで、地盤の強度や、配管が長くなるといった課題があり「タンク増設は難しい」との見解を示していた。
 東電の推計では、15年以降には汚染水が70万トンに達する見通しで、タンク増設の「いたちごっこ」が続く可能性がある。
 福島第1原発では、1~3号機の原子炉冷却で発生する汚染水は放射性セシウムや塩分を取り除き、再び冷却水として使っている。だが建屋地下に地下水が流入しているため、汚染水の量は増え続け、現在の貯蔵量は19万トンを超えている。【共同通信】
今ごろ発表! 事故翌日 双葉町 1590マイクロ シーベルト!
敷地外で最大値「国の方から見ると住民の被曝よりむしろパニックを恐れるということで事故に対処した」小出裕章
 事故直後のモニタリングポストでの放射能計測データが今頃になって公表。双葉町で最大値である1590マイクロシーベルト毎時が計測されていた。

『福島県は二十一日、東京電力福島第一原発事故が起きた昨年三月十一日から同三十一日までの、放射性物質の飛散状況をモニタリングポストで観測した結果を公表した。空間放射線量の最大値は、原発から北西に約五・六キロの双葉町上羽鳥で、十二日午後三時に毎時一五九〇マイクロシーベルトを記録した。
 県によると、原発の敷地外ではこれまでで最も高い。一般の人の被ばく線量限度は年間一ミリシーベルト(一〇〇〇マイクロシーベルト)で、これを一時間で超える数値。 事故の状況が悪化する中、1号機では十二日午前に格納容器の圧力を下げるための蒸気排出(ベント)作業を開始。午後二時半ごろ、格納容器の圧力が低下し、午後三時三十六分ごろ水素爆発した。一五九〇マイクロシーベルトを記録したのは爆発の前で、県は「爆発の前から放射性物質が漏れ出していたと考えられ、風向きが影響した可能性がある」としている。
 福島県は原発周辺二十五カ所のモニタリングポストについて、震災や津波で通信回線が途絶えたり、電源喪失したりした箇所があったため、データの回収を進めていた。』【東京新聞】